宝生山 帝釈寺

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近代以降の帝釈寺
 太平洋戦争で徴用された鐘
 寺の鐘は、昔から村人の生活に密着した存在だった。毎日、午前と午後の6時を知らせ、火事の時は半鐘代わり、また寄り合いの時でも“ゴン、ゴーン”という鐘の音一つで村のみんなが集まった。

 そんな鐘だっただけに、敗戦濃くなった太平洋戦争末期に徴用された時の村民のショックは大きかった。当時、この鐘を荷車にのせて運んだ者の一人は「気が重うて・・・」と残した。

 左の記念写真は、鐘を徴用に出す前、村人全員が晴れ着を着て法要に参列した時のもの。確りと胸の前で合掌する者、背中に赤ん坊を背負って参列する者もあり、それぞれが鐘との別れを惜しんだ。
 
 現在の鐘は、昭和40年頃に復元されたものである。その折も、村人全員で鋳造所へ出向き、みんなで『般若心経』をお唱えしながら、鋳型に金属を流し込んだ。帝釈寺に鐘が帰ってきた瞬間だった。

左の写真は、今も本堂に掲げられている。

 帝釈天降臨松の伐採
 帝釈寺には、かつてご神木の立派な松の木があった。樹齢1200年、樹高20数メートル、幹周りは大人5人が手をつないでやっとだったとか。

 一本の木からのびた枝が、帝釈寺全体がおおっていたため、帝釈天が降臨された松“降臨の松”と名付られ、守り神のように信仰されてきた。

 しかし、度重なる落雷と老朽のため、昭和30年頃、とうとう伐採されることになった。左の記念写真は伐採直前に、降臨の松の前でおさめられたもの。お年寄りから子供まで村人全員が集まっている。

 それから後、鎮守社を造営中、伐採時の松の一部が地中から発見された。今その場所には、鎮守様をお祭りしている。

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